『 冬がくる前に ― (2) ― 』
コツ コツ コツ ・・・・
ごく低い足音がドルフィン号の舷側回廊に響いている。
「 う〜〜ん ・・・ 最短距離を取るのはちょいと厳しいなあ 」
ピュンマが小型タブレットを確認しつつ歩いてくる。
ふと 画面からすぐ脇の窓に視線を動かした。
「 ・・・ ふうん? 氷の量が圧倒的になってきたんだ
うん やっぱ目視しないとダメだな ・・・
こりゃ ― かなり厳しい状況だぞ ・・・ あれ? 」
彼の足が止まった。
前方、それも窓にぴたり、と張り付いている人影を見つけたのだ。
― 誰だ ??
フランソワーズ・・? いや 髪の色が・・・
あ あの子 かあ ・・・
ふうん・・・・という気分で 彼は意図的に足音をたてつつ
その人影に近づいていった。
「 え ・・・っと アンナ? 海が好きかい 」
「 ・・・ え ? ああ ピュンマさん
ええ 好きです。 私は南の海しかしりませんので
北海の中は とても興味深いです ・・・ すごい〜〜 」
彼女はドルフィン号が水中行になってから ずっと熱心に海中を見ている。
コクピットでもほとんど窓の側に寄っていた。
「 いま 休憩時間だろ? キャビンに戻らなかったのかい 」
「 戻ったのですけど・・・ また外が見たくて 」
「 そっか 疲れていない? 」
「 大丈夫です。 ― 海って すごいですね !
氷がほとんどの海でも ちゃんと生物がいるわ ・・・ 」
「 そうだねえ あ その氷にも注目してみてごらん?
氷の表面にも 中にも なにかいるから 」
「 え?? 本当? 」
「 うん。 この拡大メガネ、使ってみて。
ね? どんな環境にも 生命 は存在するんだ。 」
「 ・・・ すごい ・・・ わああ〜〜 見えるわ 」
「 皆ね 生きているんだよね 僕たちも一緒さ 」
「 そう そうですね ・・・ 」
「 生きるって。 一番大切なことだと思うな 僕は。 」
「 ええ ええ ・・・ わたし、あの微生物に負けたくないわ 」
「 あは 君も楽しいヒトだなあ いいなあ
あ あんまり凝視すると チラチラして気分、悪くなるかも・・・
今 この船は超高速で進んでいるからね 」
「 そうなんですか? 遠くの氷を見てるとそんなには感じない ・・・ 」
「 へえ・・・ アンナ、君は理系かい 」
「 え? ああ 私、大学では心理学専攻していました。
今 休学してますけど 修士にも進んでて ・・・ 」
「 ああ そうか。 理系脳なんだね。 すごいなあ 」
「 そんな ・・・ ピュンマさんこそ 知識の海ですね 」
「 あは 僕さ、なんか趣味なんだよね〜 こう・・・いろいろ
雑多な知識を集めてアタマに詰め込むの って 」
「 趣味 〜〜? ぷ・・・ 楽しい方ね〜〜 」
「 え ・・・ 可笑しいかなあ 」
「 ええ ええ 可笑しいわ 楽しいわ ふふふ 」
「 あ〜〜 参ったなあ〜〜〜 」
クスクス笑う娘のそばで 博学青年はアタマを掻いていた。
「 アンナ。 そうだよ そうやって笑っていたらいいんだよ
」
「 え ? 」
「 君ってさ、美人なのにいっつも こぅ〜〜 眉間に縦皺 っぽくない? 」
「 え 」
アンナは思わず自分の額に手をあてている。
「 そりゃね こんな時勢だからにこにこしてるなんて無理だろうけど。
なんていうのかな〜〜 こう 雰囲気が深刻なんだよね 」
「 それは ― もしかした私の親が 」
「 君のご両親は ずっと君を慈しみ育ててくださった栗島さん達だよ。 」
「 ええ でも ・・・ 」
「 これから何があっても そこんとこ、しっかり心に留めておくこと。
そうさ がしがし縫い付けとけよ あ その髪止め、カワイイね 」
「 かみどめ・・・? ああ これのことですか 」
アンナは自分の髪に手を伸ばした。
「 そうそう いいデザインだし 」
「 ありがとうございます。 これ 父が作ってくれたんです。
私のお護り・・・ あのね バレッタ っていうの 」
「 ばれった? ふうん 女子はそう言うのかあ
そうか〜〜 うん ひとつ、学習したなあ 」
「 ・・・ うふふ ・・・ やっぱりピュンマさんって面白い方〜〜 」
「 え ・・・ 僕 真面目に 」
「 ええ ええ わかってます。 でもね なんとなく楽しいわ〜〜 」
「 いやあ〜〜 そりゃ う〜〜ん 困ったなア 」
「 なんで困るの? 楽しい方って好きです、私。 」
「 あ? それって僕に告ってるわけ〜〜〜? 」
「 え??? きゃあ〜〜 そんなあ〜 あ そうかも あれれ? 」
「 おいおい〜〜〜 どっちなんだよぉ 」
北海の海中を眺めつつ 二人は笑い転げる ― 放課後の中学生みたいに。
そうだよ アンナ ー 笑って!
それで いいんだ。
生みの親に 負荷を感じる必要は ないよ
ピュンマは 彼女のごく自然は笑みにほっとしていた。
カクン ・・・ 軽い衝撃と共に フネは停止した。
「 ? んん? 止まった? 」
「 ・・・ え そう? あ 本当 外を見て! 」
「 ああ。 アンナ キャビンに戻っててくれる? 」
「 いいですけど・・・? 」
「 まだ停止時間じゃないんだ。 なにか あったな 」
「 ! 私も行きます 」
「 いや キャビン待機だ。 」
「 お邪魔にはなりません! 」
「 君の安全のためなんだ。 ― 攻撃を受ける可能性もある 」
「 ! 」
「 当面の安全が確認できたら 呼ぶから 」
「 きっと呼んでくださいね ! 」
「 ああ 必ず。 そのためにもキャビンで安全シートに。 」
「 はい。 」
アンナはきっちりと頷くと しっかりした足取りでキャビンに戻っていった。
シュバ −−− 008はコクピットに飛び込んだ。
「 ! なにか !? 」
「 凍結 だ 」
コンソール盤の前で 004はじっとモニターを睨んでいる。
「 009? 進めない? 」
「 無理だね。 今 強引に発進かけたら ― 負荷が大きすぎる 」
「 ・・・ う〜〜〜ん ・・・・? ヘンだなあ
現在位置では まだ完全凍結するほどの水温ではないはずだよ 」
「 現に かっちかち・・・ さ 」
「 ― これは完全に人為的だね。 溶かす か? 」
「 うむ。 瞬時解凍してくれ 」
004も 当たり前みたいに言う。
「 ん〜〜 よく冷えてますねって ・・・ 」
008は独り言みたいに言うと 軽くキーボードを操作した。
「 009? 今 溶かすよ 」
「 了解。 完全解凍時とあわせて発進する 」
「 頼む。 あ〜 003? 」
「 障害物 包囲網 敵影 ― 全て見当たらず。 」
「 サンキュ。 で〜は 」
かち。 008はやや大げさに指を上げ キーを叩いた。
シュ −−− !
一瞬 ドルフィンは身震いをし 次の瞬間、驀進を開始した。
ヴァ −−−−−− ・・・・ !!
空飛ぶイルカは快調 に思えたが ―
「 !!! 009 止めて! 落下するわ 」
レーダー前から 003が叫んだ。
「 え??? なんだ?? 」
「 下よ 下!! 下が全部溶けて ・・・ 落ちる !!
いえ 引きこまれるわ ! 」
「 クソぅ〜〜〜〜 」
「 へん 9、 ドルフィンのパワー みせてやろうぜ
行くぜ ! 」
メイン・パイロット席で 赤毛のアメリカンは操縦桿をイッキに引き上げた。
ゴゴゴ ・・・ グァ −−−−−− ッ !!!
船体が いきなり垂直に近く上昇し始めた。
「 オラオラぁ〜〜〜 皆 しっかりつかまってろよぉ〜〜〜 」
赤毛のパロットは 派手に叫び声を上げる。
その雄叫びは かえって船内を落ち着かせることができる。
あは ま〜た やってるな 002ってば
長年の仲間たちは <いつものジェット> の調子に、ほっとするのだ。
「 も〜〜〜 いきなり・・ あ アンナさん!? 大丈夫? 」
凍結解除前に アンナはコクピットに来ていた。
「 ・・・ は はい ・・・ シート・ベルトで なんとか・・・ 」
「 よかった〜〜 ちょっと 002! あんまり急よ? 」
「 へッ 敵さんを出し抜くには速攻が全てってしってるか 」
「 ― 現在の状況を報告だ 」
コンソール盤の前から 004の冷静沈着な声がひびく。
「「 了解 」」
メンバー達は 一瞬にして各自の持ち場から報告を始めた。
「 ・・・ すごい ・・・ 」
アンナは そんなコクピットの状況に嘆息している。
「 お嬢さん ここは 闘いの場 ですからな 」
博士は ごく当たり前の顔で話す。
「 え ・・・ あのぅ だ れ と 戦うのですか 」
「 今はまだわからん。 しかし 恐らく その人物が
今回の世界同時気候急変の鍵を握っておるでしょうな 」
「 ・・・ お母さん ・・・が 」
「 なんじゃと 」
「 いえ ・・ なんでも ・・・ ありません 」
「 お嬢さん。 隠さんでもいいです。
ワシには見当がついています。 この世界中を巻き込んだ事件は
おそらく貴女の母上が 主導してのこと。 」
「 ・・・ ほ ほんとう に ・・・? 」
「 そうです。 今の世界的気候変動 ・・・
これら全てを人為的に完全にコントロールする ― 理論上は今まででも
可能でした。 しかしそれを実現するには 」
「 でも 母が ソレを ・・・ した・・・? 」
「 実行できるだけの頭脳と決断力を持つ者は 彼女しかおらんです。 」
「 ・・・ ま さか ・・・ そんなこと ・・・ 」
ガク −−−− ン ・・・ !
「「 うわああ〜〜〜 なんだ ?? 」」
ドルフィン号の動きが唐突に止まった。
「 2! 敵襲か!? 」
「 くそ〜〜〜 いや ちげ〜よ どっこも傷んでねえ・・
けど 突然動かねえ〜〜〜 」
「 !!! 氷!! 船体全体を 氷が覆っているわ ! 」
003が 悲鳴をあげた。
「 ! 船内温度が 急速に低下中!
アンナさん 博士 ! 救命ポッドに入って!!
じゃないと凍死しちまうよ 〜 」
008は 強引に二名をポッドに押し込んだ。
「 ヒーターの温度設定、限度までアップ! 」
「 ふぇ〜〜 冷えたり熱されたり ・・・ たまらんね 」
「 ほっほ〜〜 ご老体はんには えらいこっちゃなあ 」
「 む・・・ お前さんのように脂肪のコートを着けてないんでね 」
ガゴ −−−−−−
停止しまま、ドルフィン号は氷海の中を沈下し始めた。
「 ! クッソ〜〜〜〜〜〜 ジョー 上昇だ! 」
「 無理だ。 氷結されてて ― 今 上昇したら爆発する! 」
「 クソ 〜〜〜〜 なんならオレが外にでて 」
「 バカなこと、言うなよ ジェット!
今 外にでたら君だって即効氷結だぜ!
― ここは海だ。 外にでるなら それは僕の仕事さ 」
008が さっと席を立つ。
「 やめろ。 分散するな 」
「 しかしだね 004 」
「 ― 全員 機内待機。 全員 情報取集! 」
「「 了解 」」
グゥ −−−−−−− ン
サイボーグ達は ドルフィン号ごと北海の底へと
引きこまれて行った。
― 結局 全員が拘束されてしまった ・・・ 地下の巨大な氷の要塞に。
生命は断たれてはいないが 彼らの活動は氷によって完全に阻止されていた。
「 博士と娘たちは 別室へ 」
天井から降ってくる声が 指示をとばす。
ロボットとおぼし兵士が 博士とアンナ、003を
銃で追いつつ冷凍庫のような格納庫から出ていった。
≪ 003。 ≫
≪ 了解。 ・・・ 注意して。 誰かが割り込んでいるわ ≫
004からの通信に返信はあったが その後雑音が混じり始めた。
≪ 003 003! 気を付けて !! ≫
≪ 大丈夫よ。 博士とアンナさんはわたしが護るわ。 ジョー ≫
≪ ― 頼む。 でも 無理するなよ フラン〜 ≫
≪ おいおい 公共の通信を使っていちゃいちゃすんなってば ≫
≪ 003!! アンナさんのこと、頼むね ≫
≪ うふふ わかってまあすよ ピュンマ ≫
≪ おい。 ≫
≪ アルベルト。 この回線はおしゃべり用にしましょ? ≫
≪ ・・・ ああ わかった フランソワーズ ≫
ほんの一瞬の間を置いて 004の声は アルベルト に戻った。
全員が < そのこと > を察知した。
≪ て〜〜〜〜〜 も〜〜〜 デレデレしやがって〜〜
なあ お嬢さん? 今度 ハワイ、案内してくれよぉ ≫
≪ ジェット ? アンナさんには届かないってば ≫
≪ ち。 おい フラン、おめ〜 気がきかね〜な〜〜
ちゃんと中継しろって ≫
≪ あら。 割り込みする気? ≫
≪ へ?? なんだ?? ≫
≪ さあ〜〜ね〜〜 ミスタ・鈍感さん。
ねえ ジョー ・・・ 気を付けてね ここは寒過ぎるわ ≫
≪ わかった。 フラン きみも ・・・ ≫
≪ へ !! 氷が溶けらあ ≫
≪ あんさん 羨ましいやったら 黙っとき。
モテはるオトコはんは べらべらしゃべらんこっちゃ ≫
≪ ぐぅ ・・・
≫
サイボーグたちが 中坊のグループ・ラインみたいな通信を交わしている間に
ギルモア博士は 自身の仮説を検証、事件の全容の把握に到達していた。
「 そう か。 やはり な ・・・ 」
彼はしばらく俯いていたが やがて顔を上げた。
「 ジュリア。 君だろう? ジュリア・マノーダ。 」
彼は虚空に向かって静かに語りかけた。
「 ?? 博士 ・・・? 」
「 心配せんでいい フランソワーズ。 この部屋は全体から集音している。
先ほどからの声の主も いずれ姿を現すじゃろう 」
「 ・・・ お母様。 私の実の母 なんですね ・・・ 」
「 そうじゃ。 アンナさん 」
「 ・・・ お母様 お母様 〜〜 どうして ? どうして ・・・ 」
「 すまんがな しばらく君の母上と話をさせてくれんか 」
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
「 フランソワ―ズ ? 」
「 はい 承知いたしました。 さあ アンナさん こちらへ・・・
このソファにかけてください。 」
「 でも・・・ 」
「 今は あの二人の話を聞く時です。
恐らく 仲間達にも聞かせたくてわたしを連れてきたのだと思うわ 」
「 ・・・ それじゃ 私 は ・・・ 」
「 ・・・・ 」
003は なにも応えずにアンナの手をきゅっと握った。
「 ・・・・ 」
アンナは唇を固く引き結び ソファの隅に腰を下ろした。
「 ジュリア。 君と直接、話がしたい。 」
博士は落ち着いた声で語りかける。
「 ワシらは なにもできん。 武器もなにももっておらん。
全くの丸腰じゃ。 それは君にもようくわかっておるだろうが 」
カチ。 ズ −−−−
微かな音がして 同時に彼らを監視していたロボット兵たちは
一斉に壁際に退き 活動を停止した。
シュ −−−−− 突然 壁の一部が開いた。
「 ― お久し振りね アイザック 」
そこには黒衣に 天鵞絨のアイ・マスクをした女性が立っていた。
「 やはり 君だったのだね ジュリア 」
「 ふふふ さすがね、アイザック。
位置情報のメモだけで ここまで解析し私の存在と突き止めたのは
貴方だけだわ 」
「 ― いや どうも ・・・ 」
「 アイザック。 貴方のその頭脳には感服するわ。 ええ今でもね 」
「 単刀直入に言おう。 ジュリア。 なぜこんなことを企んだ?
自分自身の理論を実施してみたかったのか 」
「 あら 久し振りに会ったというのに ・・・
相変わらずの朴念仁で つれないヒトね 」
「 ― ジュリア。 」
「 ふん。 ご明察の通り。
私は私の理論の正しさを証明してみせた。
そして BG共の愚かしさを看破して晒してやったのよ 」
「 君は ― ヤツらに与しておったではないか。
ワシらの決裂は それが根幹じゃったはずだ 」
「 ― ふん ・・・ そうだったかしら。
私もヤツらを利用させてもらっただけ。
利用出来るモノはどんなコトをしても 使うわ 」
「 君の目的は なんだ 」
カサ。 部屋の隅でアンナが静かに立ち上がった。
「 ・・・ ! 」
003はそっと彼女の前に入った ― 身を盾にするために。
「 私が 世界を動かす。
ふっふっふ・・・ 愚かなBGはチカラで世界を左右しようとたけど
ぷ・・・ 所詮バカ共にはなにもできないのよ。
世界を牛耳り動かせるのは < 知性 > ! 」
「 ・・・ 知性だけ か? 」
「 知性と知識に秀でたモノだけが この世界に君臨する。
この世界を動かしその富と安楽な生活を享受できるのは
知性のあるものだけだわ。
愚か者や雑魚どもは 凍らせて砕いてしまえばいい 」
「 それが 君の信念か 」
「 ええ そうよ。
知恵の 知性の 劣ったモノは 去れ。 存在価値は ない。」
「 お母様 ― それは ちがいます。 」
凜とした声が 部屋の中に響いた。
居合わせた者、全員が一瞬息を呑み沈黙した。
その張り詰めた静けさの中 栗島安奈は マノーダ博士に近寄った。
「 な ・・・ ? 」
「 危ない! こちらに ! 」
003が二人の間に割って入ったが アンナはそっと手で制した。
「 私、どうしても話さなければなりません。 」
「 ・・・ 」
虚を突かれた風に立ち尽くすマノーダ博士に 彼女は静かに語りかける。
「 それは ちがいます、お母様。
世界を 人々を動かせるのは 愛情 だけです 」
「 ・・・ な なんだ と ・・・? 」
「 私 栗島安奈です。 アンナよ お母様。
世界を いえ 人々を動かせるのは 愛情だけです。
― お母様は それをご存知なはずです。 」
「 ・・・ う ・・・ 」
「 お母様は 私を愛しているから ― 置き去りにしたのでしょう?
・・・ そう信じれば 私 ・・・ お母様を愛することができます 」
こそ・・・。 マノーダ博士は そうっと彼女に手を伸ばした。
「 お母様 ・・・ わたしのお母様 !」
アンナは その手をしっかりと握りしめた。
マノーダ博士 いや ジュリアはこの若い娘を抱きしめた。
「 アンナ ― 私の娘 ・・・ アンナ ・・・ 」
「 お母様 ・・・ 」
「 そう そうだよ。 お前が お前の存在が 私の唯一の救いだったんだ ・・
愛したヒトの ― コドモだもの ・・・ 」
「 ・・・・ 」
「 お前を こんな環境に巻き込まないために ―
当たり前の世界で生きてほしかったから ・・・ 手放した。 」
「 お母様 お願い 正直におっしゃって ・・・
ねえ 私を愛していてくださいますか。
アンナ という名をつけてくださったお母様 教えて 」
「 アンナ ・・・ 」
「 ねえ 教えてください。 」
「 ・・・ 愛していた 愛しているよ ずっと ずっと。
お前のシアワセだけを 願って生きてきたんだ 」
「 お母様。 ありがとう ・・・
私 愛されて生まれたんですね 」
「 そうだよ 愛しているから ― こんな世界とは無縁で
いてほしくて 」
「 ありがとう お母様 ・・・ 」
「 アンナ ・・・ 御礼なんか言わないで 」
「 お母様。 アンナのお願いです。
もうやめて。 世界を皆にかえして ・・・
アンナの命をかけて お願いします 」
「 ― え ? 」
す・・・・
彼女は 髪を結っていたバレッタを手に取った。
そして それを我が胸に押し付ける。
「 お母様 お願い ! アンナの最初で最後のお願いです。
どうか ・・・ 」
「 ! あれは ・・・ 超小型の銃だわ ! 」
003は 咄嗟に彼女の手を払った。
バシュ −−− ! 流れ弾がデスクの上に当たった。
グワン。 なにかが弾けた。
「 ・・・っ !!! しまった ・・・ 自爆装置 に ! 」
・・・ ズ ・・・ ゴゴゴゴゴ −−−−−
足元から地を揺るがす轟音が湧き上がってきた。
「 !!! 」
003がすぐに感知した。
≪ 皆 !!! 今よ !! 脱出して !! ≫
≪ おう !!! ≫
全員から威勢のいい返信があり 建物全体が振動し始めた。
「 く ・・・! なんという こと ・・・ ! 」
「 お母様 逃げましょう!! さあ 一緒に 」
「 ふ ふふふ ふふふ あはははは ・・・・
無敵の要塞を造った と自負していたけれど。
― あはははは ・・・ 一番大切な存在が 壊した
・・・ ああ ・・・ これは 天罰 か 」
マノーダ博士は 高笑いをしていたが やがて がくり、と
膝を突いてしまった。
「 ! お母様 ・・・ 大丈夫ですか どこかお具合が 」
アンナは ごく自然に彼女に側に寄り添った。
・・・この娘は ・・・
ああ なんと温かい手 だこと・・・
この手を取れただけでも
・・・ ああ 満足だ ・・・
マノーダ博士はもう一度、 ゆっくりと我が娘を抱いた。
「 ありがとう アンナ。
母は ― 自分の所業を償う。 」
「 お母様 ! 私も一緒に ・・・ 」
「 いけない。 お前は お前を愛し育ててくれたヒト達の側に
戻らなければいけない いいね? 」
「 ・・・ お母様 またアンナを置いてゆくの? 」
「 私だけでいい。 もうこんなコトをするには。
ああ わかっていたのさ ・・・
全部引き連れて ― 消えるよ 」
「 お母様 どうして?? どうして ・・・ 」
「 さよなら アンナ。 こんな形でも会えて嬉しかった ・・・
さあ この通路から脱出するんだ 」
ゴゴゴ −−− 本棚の一部が倒れぽかり、と空間が開いた。
「 ・・・ 」
003が先に立ち丹念に探索している。
「 信じていいよ、ちゃんと格納庫に行ける。
私専用の脱出口さ。 さあ 行きなさい 」
「 ジュリア! 世界を元に戻す方法を 教えてくれ ! 」
「 アイザック ― あのメモの裏を ・・・解析して 」
「 ・・ ジュリア 」
「 ・・・ ふふふ 愛していた わ 」
「 ジュリア ・・・ 」
「 ― さよなら。 アイザック。
最後に逢えて ・・・ よかった ・・・ ! 」
彼女は 内ポケットから小型の光線銃を取りだした。
「 !!! お母様 !! 」
「 ジュリア!! 早まってはいけない !!! 」
バシュ −−−− !!!
ふ・・・っと 優しい笑みを浮かべ最後にアイ・マスクをもぎ取ると
ジュリア・マノーダ博士は 自らを撃ち抜き 深い 深い 氷穴へと
身を投げていった。
「 ・・・ あの顔は ・・・? 」
「 子供の頃の酷い火傷の痕 ・・・と言っていた・・・
ワシが人工皮膚で整形しよう、と申しでたが 彼女は断ったよ 」
「 ・・・ そう ・・・ なんですか ・・・
お母様 ・・・ 」
カタン。 アンナは床に落ちたバレッタ型の銃を拾った。
「 アンナ。 その銃は ワシに向けておくれ。 お前の父に 」
「 !? 」
「 全て引き受ける。 お前の母を追いやったのはワシだろう
この父は その責任を取る 」
「 ― 責任 なの ! 」
「 いや。 愛しているから だ。
自分の娘を追いこんだ責任は 父にある。 それだけだ。
さあ ― おいで 安奈。 こちらに戻っておいで。
今 お前には育ててくれた養父母がおられるのだろう? 」
「 ・・・ 栗島の パパ ママ ・・・ 」
「 全ての罪はワシが引き受ける。 それが ・・・
お前の生みの母への ワシのせめてもの贖罪だ
お前は全て忘れて 栗島安奈 として生きておゆき。 」
「 ・・・ お母さんを 愛していた? おとうさん 」
博士の瞳から 涙が零れおちる。
「 ああ ああ 愛していたとも ! 」
「 ・・・ ほ ほんとうに ・・・? 」
「 愛していた。 こころから愛していた。
あの頃も 今も。 これからも。
― ワシが生涯、ただ一人心から愛した女性じゃよ
お前を生んでくれた女性 ( ひと ) は 」
「 博士〜〜〜 アンナ〜〜〜 早くっ!!!
ドルフィンでジョーが発進動作に入ってます〜〜〜 」
003が通路を駆け戻ってきた。
「 暢気すぎます〜〜〜 ここはもう爆発しますよっ 」
「 え ・・・ 」
「 おお そうじゃった 」
「 もう〜〜 ほらほらあ〜〜 」
速く はやく〜〜 と 003は二人を追い立てる。
「 お〜〜い ドルフィンが出航するよぉ〜〜 」
「 あ・・・ ピュンマさん 」
008がすごいスピードで走ってきた。
「 さあ 博士! 僕がおんぶしますから 」
「 すまん ・・・ 」
「 アンナさん 走れるよね? 」
「 ええ ええ。 私 邪魔にはなりません、って言いましたわ 」
「 皆 はやくぅ〜〜〜〜〜 」
数分後 ― ゴゴゴゴゴ −−−−
落下する氷や基地の合い間をぬって ドルフィン号は極北の世界から
飛び立った。
「 アンナ アンナ〜〜〜〜〜〜 私のアンナ〜〜 」
「 ママ。 ママ ・・・ ごめんなさい 」
栗島安奈の養父母は 愛娘を迎えに飛んできた。
母は娘を抱きしめ号泣し 立派な身なりの父は深々とアタマを下げてから
妻ごと愛娘を抱擁した。
「 ― しあわせ ですね 」
「 ああ ・・・ 」
サア −−−−− ・・・ 爽やかな風が吹いてきた。
やっと気候はもとに戻り始め ギルモア邸のある地域では
遅い秋が 色づいた葉を舞い踊らせている。
「 ― 私 ここに来てよかったです。 」
「 アンナさん・・・ 」
「 これから ― < 冬 > が どんな厳しい冬が来ても
私、生きてゆけます。 」
「 ・・・ 元気で ・・・ 幸せに な 」
栗島安奈嬢はギルモア博士と しっかり握手をした。
冬が 本来の冬が来る前に 栗島家の親子は常夏の島へと帰っていった。
「 う〜〜ん? 博士はホントにあの娘の・・・? 」
「 ふふふ それは ね、本人達だけが知っていればいいのよ 」
「 ウン そうだね。 あ なんかそういう言葉、あったよねえ?
二ホンの古典に さ 」
博学青年が 穏やかに言う。
「 ― 秘すれば花 か 」
「 それさ。 さすがアルベルト 」
「 ふん。 常識だろうが。 」
「 ・・・ なんかぼく、出番ないなあ ニホンジンなのにさ 」
ジョーは 吹き始めた木枯らしの中、 一人でボヤいていた。
***************************** Fin. **************************
Last updated : 12.13.2022.
back / index
************ ひと言 ***********
ジョーくん 出番 少なくてごめんね〜〜〜
とにかくハッピーエンドにしたかったのですよ (>_<)